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語彙力のない、アメリカ在住の私がつぶやきます。

今年の母の日に何もしない理由

 

 

今日のロサンゼルスは、快晴というわけではないけれど、暑くてタンクトップで生きています。(辛うじて)

 

日本時間の今日は、「Happy Mother's Day」。そう、「母の日」。

 

ロサンゼルスは、8日の土曜日で、驚く程に母の日という実感なし。

 

私は21歳の時に渡米し、ここ5年直接母の日にありがとうを伝えられてないんだけど、必ずメッセージやプレゼントを送っていたのよ。私なりに考えてね。

 

でも、今年(というか、その先)はちょっとやめようと思いまして。ラインも電話もしてないし、勿論プレゼントも送っていません。何故なら、去年色々考えさせられる事件が起きたから。

 

 

 

昨年は、『giftee (ギフティ)』さんを利用して、流行りのホットプレート『BRUNO』をプレゼントしたの。

 

https://giftee.com

 

『BRUNO』にした理由もしっかりあって、「今までのように、これからも人が集まる居心地のいい場所でありますように。」という願いを込めて選んだ。

 

我が家は、昔から人がよく集まる場所で。今は、私も兄も実家を出て、一人暮らしをしているけれど、友達と飲んだりする時(私がまだ日本にいた頃)は、基本宅飲みで実家集合。(兄も同様宅飲みベース。彼の場合、お金がないからだけど。)渡米後は、私が一時帰国する度に、私の友達、ママの友達、ご近所さんとか誰かしら、毎日会いに来てくれたり。

 

自然と人が集まるのが、我が家。

 

今は母が一軒家でひとり暮らししているんだけど、未だに人がやってくるから、プレートを使ってパーティーして楽しんでもらえたらなと思って、『BRUNO』を選んだんだけれど。

 

『giftee』を利用したことによって、小さな事件(私には大きな衝撃的事件だったんだけれど。)が起きた。

 

私のママは、色とかに煩くって、(兎に角こだわりが強い。)最初はシンプルな白選んでAmazonで送ろうと思ったんだけど、絶対に受け取った後に、Googleで『BRUNO』って検索して、「○色もあるなら、○色の方が良かった。白は汚れるし、お手入れ大変だし。」って言われるのが目に見えていたから、Gifteeで先にBRUNO代だけ支払って、色はママにネット上で決めてオーダーしてもらい、その後郵送されるシステムを選んだの。

 

だけど、Gifteeのシステムが少しややこしかったみたいで、なかなか発注まで辿り着けず、テレビ電話がきて、そこで言われた一言が、「なんでこんな面倒臭いやつで頼んだのよ。何もいらないから。」って。

 

まさかのリアクションで、「ん?」って、i padの画面じっと見つめちゃったよね。

 

ママは、思ったことを他人の気持ちを考えずに脊髄発射しちゃう人間なんだけど、そこの裏を読んで、色で文句言われないようにしたつもりが、まさかの変化球がきた。

 

打撃レヴェルを言うならば、避け切った豪速球が頭にクリーンヒット、見事なデッドボール。(ジョーギブソンが投げた、豪球が頭に当たるなんて想像もしていなかったおとさん状態。※アニメ『メジャー』より)

 

心の中で、まさかの「そこかぁ。」、そして「ありがとう」とも言ってもらえないんだと悲しい気持ちになって。

 

その後も文句たらたらなママは、ノンストップで心の傷に塩ボールをぶん投げてくるから、ついに娘ブチギレて、「お金はこっちが払ってんだから、もう頼まなくていいよ。お金なんて捨てればいいよ。」と言って、電話切ったわけよ。

 

あれは、他のご家庭で育った子がいわれたら、速攻ブチギレ案件だったな、よく耐えたな自分と思いつつ、母の日になんてこと言ってしまったんだろうと言う後悔が押し寄せてきて、ふたつの感情で、脳内めちゃめちゃ。

 

その時に、来年からは母の日だからといって、感謝するのはやめようと心に決めたの。

 

余計なことして、イラつかせるのも嫌だし、平凡に過ごしましょうと。

 

そもそも、母の日(父の日)作ったの誰なのよ。母の日だから、感謝するって何?もしや、企業が儲かるために、品物、お花を売るために、作ったとかないよね?いらないのよ。母の日だから感謝するっていう習慣もおかしいでしょ、普段から親には感謝するべき。(まあ、母の日(父の日)が、普段忘れてしまっている両親への感謝の気持ちを思い出させてくれるっていうのもあるんだけれど。)

 

この話を聞いた人の中には、大した出来事ではないって感じている人もいるかもしれないけど、私にとっては衝撃な出来事で、本当に驚いちゃったんだから。かれこれ、26年、ママとは過ごしているけど、平気で娘、息子以外にも無差別でグッサグサに滅多刺しするから、ママの発言には慣れていると思っていたけれど、変化球にはまだ対応できなかったらしい。

 

以上が、今年母の日に何もしない理由でした。

 

21歳で家を出て、異国の地でひとりで生活するようになり、日本では感じることが少なかった、親の有り難みをより感じようになった。この一件があったからといって、感謝していないという訳ではない。人間は一人で生きていけないし、足りないものを補い合って生きていくものだから、無差別言語殺害しまくるママでも、ここまで育ててくれて、心の底からありがとうって思う。

 

いつか、このブログが有名になって、ママの元へ届いた時に、「そうゆうことだったんだ。」って気づいて(学んで)欲しい。母になったらとか、大人になったから、学習しなくていいわけではない。人間は、死ぬまで一生勉強していく生き物。ママももう少し、他人の気持ちを考えて発言できると、より我が家は『誰もが居やすい居心地のよき居場所』になるのではないかなと、娘は思っています。(こんなママに育てられたのに、どうして私はこんなにセンシティブなのでしょうか。)

 

2週間に1回、「幼稚園からもう一度やり直してきてくれる?」と思わせてくれるママだけど、誰よりも心配して、文句はいうけど最終的には応援してくれるママに、ありがとうでいっぱいだよ。

 

いつかあなたの元夫(我のパパ)を超える収入を得られるようになって、口うるさいおばさんでも介護してくれる、素晴らしい老人施設にぶち込んであげるから待っててね。

 

 

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※後日、絶対に「母の日だったんだけど?」って言わるねえ。要らない発言するくせに、求めてくるんだよなあ。